7時から目覚ましを聞き、8時に起床。いつも、起きたい時間の1時間前にアラームをセットしている。
今日は本当に綺麗な朝焼け。
今日もいい天気になりそう。
急いで支度をして、9時に家を出る。いつも起きる時間なので眠くて仕方がないが、これからレッスン。
学校で少しウォームアップをして、スタインウェイ・ショップへ。
とても良いレッスンを受けた(期待を裏切り、また伝説2番を弾く時間がなかったが。)パスカル先生自身も、「今日はいいレッスンだったね」と言われていた。自分で言われるところが、好きである。きのうのパフォーマンスクラスでの演奏について多少話す。とても集中していたことを褒められたのだが、実際、自分が集中していたことは気づかなかった。ただ、指は震えても出したい音はちゃんと出すぞ、と耳を傾けていただけ。どんな心境だったのか、と聞かれたので、「パフォーマーになった時は、我を忘れることがある」と答えたら、爆笑されていた。と同時に、それはとても大切なことだ、とも。
もちろん我を忘れる、と言っても、自分が何をどう弾いたか覚えていない、という訳ではなく、ただ客観性を無くす、ということ。普段生活していて、人前で泣かないこと、その場の空気に馴染むこと、話す前に言葉を考えること、微笑むこと、言いたいことを飲み込むこと、自分の口で何を話しているかを常に理解することなど、いわゆる、「社交的」な面を、すべて取り去ることが「忘我」だと思っている。だから弾いたことはもちろん覚えているし、何が悪かったかも解る。対象が、他人と作り上げる世界(社会)ではない、ということ。
これはフラットメイトとの最近の最大トピックでもあるが、音楽を感じてそれを相手に伝える、というのは、はっきり言って、日常生活とかけ離れている行為である。普段、話す時は歌わないし、女優でもない限り、悲しい言葉をあからさまな顔で伝えたりしない。音を追いかけて宙を見ることもない。簡単に言うと、すべてをさらけ出せることで、伝わるものがある(かもしれない)ということ。「pretend(真似する)」「act(演じる)」「real(本心で)」の境界はとても曖昧だけれど、まず自分が音楽を感じないことには、オーディエンスに伝わることも何もない。それくらいに思っているので、集中する以外にない、という結論だ。人によって集中の仕方、程度、方向性は様々だと思う。
もう冬が終わってしまうのではないか、というくらいの透き通った青空と日差し。
昼すぎに家に戻り、サンドイッチを作った。名づけてCLH(チーズ・レタス・ハム)。…そのまま。
もちろん一人分。紅茶と一緒に。
その後は、記憶が少し飛んだ。寝ていたようだ。
夜、またフラットメイトと演奏の話になる。特に、演奏中の顔や姿勢や、いろいろ外見について。確かに少し変ではある。私の顔も相当変になっているはずである。自分も彼女も、普段感情の起伏が表に出るタイプではないので、そういう性格が演奏に反映するか、についても触れた。飛び交う考えと話題の飛躍。こういうことは話しているだけで楽しい。答えも目標も、何もいらない。フラットメイトがいてよかった。
明日は練習の一日になることを願って。
Lying awake,we are in between real and dream.Our brain never sleep ,never rest until we die.
I imagine how you are feeling when U R playing,of course I can't feel as you,but I guess you are in highly excited and chilled out at the same time,and you are sure that music is purely gift from above.
Anyway,enjoy to feel,think,talk with buddies.